人権教育に対する聖坂の考え

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2004年度 文部科学省 人権教育研究指定

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地域の中で、本校がどのような役割を果たそうとしているのか。また、本校が障碍児教育の役割を果たすには、地域社会の理解と協力が無くしては不可能であった。

(1) 学校・家庭・地域社会が一体となった地域全体での人権教育の推進体制の在り方

(a) 保護者と二人三脚の教育

 「生活力を高める」教育をする為には、身辺処理能力を高め、お手伝い的な作業の指導等、家庭の協力なくしては成り立たない教育である。聖坂の教育は、保護者と教師が一体となって取り組んできた教育である。

(b) 地域に開かれた学校

オープンシステムの導入。 学校を地域に対して開き、また、地域のボランティアによって支えられてきた学校であった。

(c) 経験を通して学ばせる

校外学習、散歩や買い物学習をはじめ、積極的に街に出かけていった。地域の人も温かい目で、教師と子どもたちを育てて下さっている。

(d) 徐々に広がった地域の理解

文化祭バザー:最初は、リサイクル運動の様なものであった。家庭の不要品を献品 して頂き、安く販売した。合わせて、焼き鳥や餅、野菜の販売など目玉を増やした。
 地域にバザーが定着するのに合わせて、子どもたちの作品を販売した。最近は、児童・生徒作品の展示や、作品販売、聖坂太鼓、更に学部毎の発表と文化祭に比重を移している。

(e) 「オリブ工房」建設運動

卒業後の進路問題の一助にと「聖坂子どもたちの将来をつくる会」を発足、関係機関に働きかけると共に資金作りをした。幸い、新本牧「米軍住宅返還地域」に地区センター・地区図書館と併設で通所更生施設を建築する運びとなった。しかし、地元の反対がおきた。1年間掛けて理解していただくための交渉をねばり強く行った。この間の聖坂養護学校の存在と活動、協力者の存在が助けとなり理解を得ることができた。その結果、新しい街の中心に福祉施設を作るという、福祉を重視した新しい街が誕生した。福祉の重視が謳われながら、福祉を中心にした新しい街はまだ少ない。

(2) 人権教育の推進における学校・家庭・地域社会のそれぞれの果たすべき役割

 本校の教育は、知的障碍児を抱え教育界や社会の理解を得られず困難を訴える保護者の訴えが新聞記事となり、これに現理事長の柴田 昌一が目を留めたことに始まる。母親の窮状を何とか支えたいとの思いからである。
 日本水上小学校の閉校を目前に、養護学校としての再出発が確認される。小学部だけの養護学校からスタートし、中学部、高等部、更に専攻科と学校を充実させてきた。これも保護者の希望、本人のもっと教育を受けたいという要求に応えたものでる。(学校作りの運動)
 家庭は、本人の成長を願って行動を起こし、学校と教師は保護者や本人の教育ニーズを受け止めより良い教育を作ってきた。また、学校を地域社会に開くことを通して地域社会の理解と協力を引き出すことができた。
 困難な状況にありながら子どもを思う母親の気持ち。母親の気持ちと言葉にならない本人の発達要求、それらを真摯に受け止めて学校づくりをしてきた教師。
 子どもの本当の姿を地域に知ってもらい理解と協力を引き出した教師達。地域の存在として障碍者を受け容れて下さった地域の人々。(子どもたちが地域社会を変えた)
 時間は、かかったが真実を求め続けた歩みが現在に繋がっていると信じている。

(3) 学校間(特に異校種間)の連携・接続の在り方

(a) 交流学習を通して

 本校には、開校当時からキリスト教主義学校の「一日奉仕活動」で、学生が来ていた。小学部だけの時代は、一緒に遊んでもらったりお掃除をして帰るということであった。
 しかし、養護学校の規模の小ささ、人間関係の乏しさを考え交流の必要性を感じていた。中学部、高等部のできた時「一日奉仕活動」を本校では、交流として特別プログラムを組んで良いかと先方に求め、集団交流が始まる。
 交流の輪は、中学部に始まり、小学部、高等部開校後は高等部にと広がる。学校も同じキリスト教主義の学校から、地域の公立小学校、中学校へと広がっていく。
 学校間の連携は、交流を通じての範囲であるが、お互いに「子ども同士が成長し合う場となっている」との確認のもと現在も続いている。お互いの立場を尊重しつつ、できることや成果を確かめながら一歩一歩の努力を続けている。

(b) 通園施設との連携

 近年、通園施設から養護学校に入学する児童の引き継ぎがなされる様になってきた。本校では、先方の要望に積極的に応える様にしている。立場を超えて情報交換することは、子どもの立場に立てばとても有効なことである。また、引き継ぎや訪問のない場合も保護者と施設宛に本人の情報提供をお願いしている。内容は、発達の様子や身辺自立の様子を把握する為のものである。
 最近は、入学が決定すると体験的な入学も計画される様になった。多少負担はあるが、低学年のクラスに受け容れている。
 卒業生の移行支援の問題同様、通園施設から学校へのスムースな受け渡し(移行支援)は、本人の立場に立てばとても重要である。

(c) 入所施設との連携

 過去に、児童施設より通学のケースがあった。また、最近は、在宅支援の一環で入所施設を利用し訓練を受けるケースもある。ショートステイやレスパイトの他にも必要に応じて入所施設を利用して訓練が受けられることは家庭への支援という立場からすると本人の成長や家庭負担の軽減等意味は大きいと思う。他校との連携、施設との連携も結局は、サービスを受ける子どもの立場に立って考えることである。

(4) 地域における様々な人権課題に総合的に取り組むための教育の在り方

(a) 地域支援が求められている

 特別支援養護学校 現在、養護学校には地域支援の課題が与えられている。特別支援学校として持っている資源を、地域の特別な教育ニーズを持つ子どもの為に使いなさいということである。
 実際には、個別支援学級(特殊学級:特別支援学級)や普通級に通う子どもへの支援や担当の教師への情報提供といったことが求められている。
 本校は、私立学校ではあるが求められれば学校の資源を積極的に提供してゆこうと思う。現在も、国立特殊教育研究所の研修生の受け入れや神奈川県総合教育センターの研修生の受け入れなどできる形では場所と資料、情報提供を行っている。

(b) 公開研究会

 また、保護者向けの学校見学(1回/月)や公開授業を通して、学校を良く知ってもらう努力をしている。養護学校における教育活動を良く知ってもらうことは、知的障碍児教育について知ってもらうという啓蒙的側面と、関係保護者に障碍児教育の在り方を問うことにもなる。
 本校は私立学校で入学希望者を募る目的もあり、より質の高い教育と教育環境を提供する努力をしてきた。
 このことは、養護学校教育に対し、問題提起し続けてきたとも言える。こうした、学校を関係機関に対して(ひいては地域に対して)開いてきたことが障碍児理解と教育の推進にも影響を与えることができたと考えている。

(c) 地域との連携

 先に、文化祭・バザー等を通して地域に働きかけ、また施設作りの運動を通して地域の理解と協力を引き出したことを書いたが、教育には、地域との連携が本質的に要素として含まれていると考える。
 特に、知的障碍児教育には欠くことができない。 教育活動そのものを充実させようとすると社会の理解と協力が無くては子どもたちを育てることができないからである。
 養護学校は、知って頂き共に担うところまで努力すべきである。

(d) 卒後問題、作業所、施設との連携

 養護学校は、卒業生を社会に送り出す時にも大変な苦労をする。受け容れて下さる社会資源が限られていることもあるが、進路開拓は、障碍者の社会啓発の側面も持っている。
 具体的な、卒業生の進路先の確保はもちろんのこと、現場実習や卒業後のアフターケアも、社会の理解と協力を引き出している。
 養護学校義務化前までは、社会的にも差別されていた子どもたちが、学校教育と進路を通じて社会的認知を受け、人格が尊重される様になった。

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Revised: 2015/11/11.