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聖坂の特別支援教育

公開授業の案内)

 本年は特別支援教育元年です。知的障碍教育を行ってきた私たちにとっても長年の願いが叶った年ととらえ新しい展開に胸をときめかせています。
 障碍児の存在は、決して特別なことではありません。いつの時代も、またどこにも存在し人間とは本来そういった多様性を秘めた存在です。ただ、社会の都合で分けられたのです。
 今年特別支援教育となり「共に学ぶ」ことが前提となり本来の姿となりました。不本意ながら教育の場を分けられていた人にとってこんなに喜ばしいことはありません。
 聖坂養護学校には、多くの入学希望者が見学に来られ受験されます。入学希望者は教育理念、教育内容を理解し熱心に希望されます。敷地・延べ床面積等教育環境の限界から定員をもうけ選考せざる得ない事を誠に心苦しく思っています。入学希望者の多くは、専門性、一貫教育、開かれた教室空間、子どもたち一人ひとりの主体性を尊重した教育、心を育む教育などに共感して希望されます。
 これからも、教育の原点を見つめ子どもたちと保護者に信頼される教育を行いたいと思います。
 また、特別支援学校になりましたが学校名はまだ聖坂養護学校のままですが新しく付与された地域支援の使命は積極的に果たしてゆこうと考えています。
 毎年行っています公開授業も入学希望者のみならず、先生方や関係者の方とも連携を取り積極的に情報提供等も行ってゆきます。活用下さい。
 聖坂養護学校を上手く利用してもらうためにも学校の特徴を紹介したいと思います。

1.キリスト教主義学校

(1) 命の平等

 子どもも大人も、障碍があっても無くとも、男性も女性も、国籍や人種を越えて全ての命は同じと考え主張し行動し実現してきたのがキリスト教です。聖坂では平等の理念は、礼拝に象徴されます。先生も生徒もみんな一緒に神様の前に立ち讃美するからです。
 日々の実践の中でも教師と児童・生徒の関係というよりも、友達や同行者としての側面が強いと思います。障碍児教育は「教えること」と「支えること」が常に同時に求められます。「支えること」が自然に行えるのは知的障碍という子どもたちの抱えた困難さを教師が受け容れているからです。

(2) 愛すること

 キリスト教の教えの原理は「神を愛する=隣人を愛する」ことです。それも小さな者、弱い者、社会的に見捨てられたり軽視されている者に目を留めるように促されます。創立者を始め私たちはその教えにしたがって教育を行ってきました。知的障碍教育の先駆けであるびわこ学園の創始者田村一二は「この子らを世に光に」をモットーに知的障碍福祉を推進してきました。しかし道半ばです。知的障碍者が社会の中心に据えられるまでこの教育は続けられます。学校は社会的存在ですから時代の教育ニーズをとらえ、子どもたちや保護者の要求を受け止め経営してきました。しかし、原則は変わっていません。
 愛することは、相手の立場に立つことです。知的障碍児といわれる子どもたちの立場に立ち親身になって考え保護者と力を合わせて時々の困難を乗り越えてきました。

(3) 育つ

 教育は、子どもを育てる事であり学校はその機関です。しかし、本校は少し違いました。教育計画を立て日々の実践の準備をし行事を行い子どもたちは成長していきました。知的障碍教育という未開拓の分野に道筋を作ってきました。しかし、改めて振り返ってみると私たち教師が子どもたちを通して育てられていました。今になって、神様の下では互いに育ち合っているのだと分かりました。

2.知的障碍児教育を専門とする特別支援学校

 養護学校となってからは知的障碍児教育を専門としてきた。前身の日本水上小学校(1942年〜1967年)も艀(はしけ)という閉ざされた生活環境の中で育った子どもたちの為の特別な教育であった。特殊な環境で育った子どもたちは直ぐには普通教育に馴染めなかったからである。特殊教育の先駆けである。養護学校義務化の12年前1967年に聖坂養護学校とったが当初は普通教育に準じた教育を行っていた。開校当時は、閉じこめられたり我慢を強いられた子どもがいて苦労があったと聞いた。養護学校義務化が近づくにつれ公立学校もできはじめるが、肢体を重複した子ども、聴覚障害であるが知的障害も重複し受け容れられなかった子どもの入学などもあった。また、1979年養護学校義務化の年に中学部を開校するが在宅だった生徒や施設に入所していて教育を受けられなかった生徒が入学してきた。また、小学部には自閉症の児童も入学してくるが直ぐに適切な教育方法は見つからず試行錯誤の日々が続いた。
 知的障碍教育は、常に研究しつつ実践を積み上げる試行錯誤の教育であった。開校して30年ようやく自閉症教育に道を拓き課題を抱えつつ方法論を積み上げている。35年に教育課程研究に区切りをつけ子どもの心の問題に辿り着く。幾多の山坂を乗り越えてやっと子ども自身に向き合えた心持ちである。

3.教育の原点

 障碍児教育は、教育の原点である。命に対する畏敬の念と小さな命の持つ無限の可能性と、可能性を信じて営まれる教育だからである。普通教育では能力や成績が評価の対象となる。しかし、障碍児教育では『命そのものを尊いものとして受け止め大切にする』ところから教育が始まる。命の輝きそのものに目を留め働きかける。心の揺らぎや喜びを最大限に尊重する。こうした原点を踏まえているからこそ積み上げられる教育が実を結ぶ。一日一日の充実した学校生活が基本である。充実した日々の積み上げが底力を引き出す。子どもたちの主体性を重んじ育てた結果がプライドを育む。
 私たちは、精一杯子どもたちを育てている。子どもたちの成長を通して、社会に巣立ってゆく子どもたちの姿を通して社会に訴えたい。この小さな存在がこんなにまで豊かな人として育つことを。

4.知的障碍教育の教育課程

(1) 発達段階を踏まえて

 言語を持たない子ども、自閉症で集団に入れない子ども、感覚遊びにとらわれて学習に参加できない子ども。そんな子どもたちが増えて、今までの生活単元を中心とした教育が困難になった頃、発達心理学と発達理論を学んだ。現象で子どもを見ていた教師は、発達の軸上で子どもたちの状態を理解し教育方法を確立してきた。発達段階に応じた指導が可能となった。
 発達段階を踏まえた教育を行うため「言語・数量」、「体育」、「生活」等の教科毎の「指導ステップ表」を作成した。

(2) 生活年齢を踏まえて

 小学部だけの養護学校から中学部を開校した年、発達中心に教育課程を作ってきた関係で小学校の低学年の児童と中学生が一緒に学ぶ場面ができた。どう説明しても違和感がある。中学部、高等部と開校するのに併せて生活年齢に応じた教育について研究した。知的障碍があっても中学生は中学生である。高校生は高校生として教えることや経験させるべき事がある。知的な遅れは子どもの一部であって身体的にも、感性の点でも、情緒的にも年齢に応じた成長がある。これを無視しては教育が歪む。小学部、中学部、高等部の生活科の基礎を作った。「生活の年間カリキュラム(基礎)」という。

(3) 障碍特性を踏まえて

 自閉症教育は、最大の難関であった。教育以外でも様々な療法が提案されていた。発達を重視したもの、情緒と人間関係を重視したもの、環境を整え刺激をコントロールして混乱を少なくするもの等様々なものが提唱された。これらは教育現場にも大きな影響を与えた。本校も柴田先生のリードの下学び、教育環境の整備と配慮を確認し合った。「自閉症の理解と治療について」「自閉症児指導の基本的心得」

(4) 聖坂教育計画 (個別指導計画)

 聖坂における個別指導計画は、こうした経緯を踏まえて実現した。3つの教育上の配慮点を踏まえると個々の実態がよく見え実態に即した教育計画を立てることができるようになった。現在特別支援教育となり特別な教育ニーズのある子どもたちには「個別の教育計画」を立てて幼児期から成人し社会自立に至るまで一貫した支援が求められている。教育機関を含め、福祉や厚生・労働機関が適切な教育と支援をするためには実態把握が欠かせない。本校の教育は、知的障碍教育の立場から実態把握の為の3つの配慮点を提案しているのである。また、支援の道具立てとして研修で来られた方に関係の資料を無償で提供している。

(5) マカトン法

 トータルコミュニケーションの理念を学び、マカトン法を導入した。教育環境が子どもたちにとってわかりやすく優しくなった。1990年に導入し、全ての教諭が研修に行き資格を取得している。また、シンボルマークも予定や便り等に使用し定着している。

5.育てる教育

 聖坂の教育も当初は普通教育に準じて先にカリキュラムありであった。劇活動でも台本が先にあった。教える教育が主流だったからである。その後障碍の重い子どもたちが増え発達段階を踏まえた教育課程を作るようになった。先に子どもの実態を把握し、指導と支援を行う「育てる教育」に移行した。カリキュラムも台本も子どもたちの実態に合わせて作るのである。(今にして思えば当たり前の事であるが) 普通教育が子どもの能力を重視していること、学習指導要領の拘束や受験勉強のハードル等があり結果的に「教える教育」となっているのに対し対照的である。
 本来、どちらも重要でありバランスが大切である。
 聖坂教育が「育てる教育」に至ったのは、子どもたちに学び発達段階を踏まえ、きめ細かな教育計画を作る努力をした結果である。今求められている教育は、個性を尊重し主体性を重視した教育である。一方的な「教える教育」は、結果的に子どもたちの能力や可能性を摘んでしまう危険性を孕んでいる。
 育てる教育を行うには、条件整備も必要である。私立とはいえ特別支援学校だからできていることでもある。教員数の圧倒的に少ない普通学校にあっては少人数学級にしたり複数担任にするなどの条件整備が必要である。

6.五年制の高等部

 聖坂教育の特色の一つが専攻科を持っていることと高等部を専攻科を含め5年制で行っていることである。専攻科設置当初は、独自の教育課程に対する関心が高かった。しかし、視覚障害や聴覚障害と違い普通科の専攻科である。特別な教育課程というよりは教育年限が2年延長された意味が大きい。

(1) 実習(校内実習・現場実習)

 高等部5年制の意味は、教育課程にある。本科3年までは校内実習のみで教科指導を始めバランスのとれた教育課程でじっくりと育てる。現場実習は専攻科になってからである。1年目に体験的実習を行う。2年目は進路確定のための実習である。
 高等部教育課程で特徴的な点は小中学部と教科のバランスがほとんど変わらない点である。授業時数確保のため火曜と金曜に「選択自立」の授業を行う他は教科数教科のバランス等同じである。これは、公立の特別支援学校とは就労に対する見識の違いと理解している。

(2) 基礎作業

 小・中学部で作業としている時間帯を高等部では基礎作業としている。作業種目は「貴石磨き」、「陶芸」、「木工」、「機織り」、「紙漉」の5種目である。この作業種目を5年間で2種目経験する。高等部本科・専攻科の生徒は、適正別(本人の希望も配慮)で縦割りで行う。同じ作業種に本科1年生から専攻科2年生までいる。また、3年目のベテランと初めての人が一緒に作業をする。知的障碍があっても高等部となり社会性の出てきた生徒たちにとって多様な集団を経験することは成長の良い刺激になる。クラスとは違う先生、友達との作業は刺激的で楽しいものとなる。また、同じ作業をメンバーや先生は替わっても2年から3年間行う。これは、準備作業(素材→制作・整形→製品)片付けといった仕事に対する一連の流れを理解することになる。また、作業の中では素材が手を加えることで製品化することを経験する。作品は文化祭バザーで販売されお客様とやり取りをする。こうした活動を通して社会との繋がりも経験するのである。
 ここにも育てる教育の大切な要素がたくさん含まれている。教師が何かを教えるのではなく、友達との楽しい一時が学ぶ意欲を育てる。仕事に対する見通し、先生方の励ましや評価が意欲を生む。こうした、ゆったりとした時間をかけた取り組みが仕事とは認められ・評価されることだという認識を育てる。認められて育った生徒はプライドが育つ。先生や友達との関係で育まれたプライドであるが実習でも遺憾なく発揮される。実習先で、大人たちに囲まれても認めてもらおうと精一杯の力を発揮して実習を終える。仕事に熱心で前向きな姿勢は良い評価に繋がり、生徒は自信を深める。このようにして聖坂の生徒は育っている。

(3) 就労

 私たちは就労の条件を次のように考えている。
@ 一人で一定時間仕事ができる。
A 一人で通える。
B 本人にあった仕事がある。
C 理解ある事業主がいる。
 
の4つである。これは、以前であれば授産施設(就労前訓練)利用の条件であった。しかし、社会の理解と体制が整ってきて就労の条件としても当てはまる。

@ 一人で一定時間仕事ができる。
 以前は、8時間仕事ができることが条件であった。しかし、現在はパートも含め最低賃金を払えば就労と認められる。
A 一人で通える。
 これは、授産の条件であった。社会性の一部でもあり最低これ位の社会性がないと働くことは困難と判断してきた。
B 本人にあった仕事がある。
 本人の障碍特性等を踏まえ、できそうな仕事を探すという事で就職させてきた。産業構造の変化は就職先にも変化をもたらした。知的障碍者もサービス部門で働くことが増えた。また、大企業が雇用率達成のために特例子会社を作り知的障碍者に合った仕事を用意した結果雇用率がアップした。画一的な教育課程よりは可能性を引き出しつつできる仕事を柔軟な視点で開拓する方が個別には良い結果を生むと考える。
C 理解ある事業主がいる。
 国による雇用率の設定で事業主の姿勢も随分と変わってきた。それでも、障碍者を理解しようと努力し職場環境も互いに支え合う人間関係が構築されていないと長く勤めることができない。理解し育てて下さる、親身になって考えて下さる職場が良い。
 また、就職させるだけでなく丁寧なアフターケアを行い事業主の困ったときや本人の不適応等直ぐに対応し一緒に働く関係作りに情報を提供することも職場を変えることに繋がると考える。

(4) 就職率

 聖坂の生徒は障碍の重い人たちが多かったこともあって過去には、10人の卒業生の内就職者は1名いるかいないかという時代が長年続いた。しかし、保護者の養護学校に対する意識が変わり比較的能力的に高い子どもも入学するようになった。
 また、近年は特例子会社が増えたことにより就職率がアップした。
 一方、過去に更生レベルと判定を受けた自閉症の生徒が、理解ある事業主と仕事に出会って就労したことがある。これは、本人の能力だけが就職に必要な条件でないことを表しているだけでなく、教育のあるべき姿をも教えている。これからも学校でしっかりと育て、働く場へとつなげていきたい。

(5) 事業主の学校に対する希望

 就労先の事業主の学校に対する要望は、仕事そのものは職場に来てから教えられる。学校では「挨拶やコミュニケーションなど基本的な力を付けて欲しい」というものです。挨拶は人間関係の基本です。自然に挨拶できる人は、人に対する信頼関係が形成されていますし、良いことも悪いことも報告できます。これは、技術をスパルタ式に教え込んだのでは積極的に人間関係を取り結ぶような挨拶はできません。コミュニケーション能力も同様です。基礎となる人に対する信頼があってはじめて豊になります。学校では、子どもたちの心を育てる事を目標にしていますが、全ての学びの基礎として大切だと考えています。

7.移行支援

 きちんと育て、しっかりと受け渡してゆくことが移行支援です。私たちは、子どもたちを入学させたときから子どもの将来に対しても責任を負っています。昔の教育計画は学校教育期間を中心とした範囲の狭いものでした。発達障碍者支援法にあるように障碍があると分かったときから必要な支援や教育を関係機関が協力して行ってゆくことが求められています。特別支援教育も教育期間を中心に幼児教育機関からの受け入れと卒業後の福祉や労働の場に受け渡しすることが求められます。特に私学である本校は、教員の異動がないために子どもの生涯にわたって責任を感じています。
 本校は、卒業後の問題を考える場として「聖坂子どもたちの将来をつくる会(つくる会)」を保護者と協力して作りました。知的障碍児者は、生涯にわたって支援が必要との観点から生涯教育・生涯福祉の理念を導き出し、社会福祉施設を作り運営してきました。
 それぞれの施設には「オリブ工房」「ナザレ工房」「シーダひのき工房」と名前が付いていますが就労はできなくとも大人としての働く場を作る目的で社会福祉法人を生み出したのです。
 特別支援教育となり関係機関の協力がとても得られやすくなりました。福祉の分野には今逆風が吹いており補助金の大幅なカットなど社会問題になっています。就労支援を強化し一人でも多くの人を社会参加させることはとても大切なことです。一方、一般就労は困難でも毎日通って仕事をする場や生活支援を受ける場も必要です。その根底には、一人ひとりの命を大切にし輝かせる理念が流れていて欲しいと願っています。「つくる会」は「聖坂豊かな福祉をつくる会」として就労と共に福祉の観点から障碍の重い人たちの豊かな人生を支えていきたいと願っています。

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Revised: 2015/11/11 .