日本水上学校 日本水上小学校林新村先生アルバム    

1942年(昭和17年) 7月〜1967年(昭和42年) 3月

創立者

伊藤 伝

先生

伊藤 せん

先生

おばさま

林 新村

先生

林 新村 (リン シンツォン) 先生 (戦時中は、日本語読みで林 (ハヤシ) 先生と呼んでいたようです)

 日本水上学校の創立者は伊藤傳先生である。1942年(S17)に開校し、最も困難を極めたのが戦時中である。山下町(現中華街)に始まり児童の増加に伴い移転1944年2月に山手ユニオンチャーチに移る。戦況の悪化に伴い翌年1月には羽村に疎開する。この最も困難な時期に伊藤先生を助けたのが林新村先生である。
 林先生は12歳で叔父と共に上京し1933年15歳の時伊藤先生の黎明塾で世話になる。ご夫妻は新庄藩主戸沢家の敷地に塾を開き、勉学の為上京した青年達の世話をしてた。林先生は、家族の様に親切にして下さった事、熱心なクリスチャンであり賀川豊彦先生の伝道集会にも熱心に通われた事、伊藤先生に人格的感化を受け受洗に至った経緯を証している。
 林先生は成績優秀で青山学院を卒業後英語教師として茨城県立古河商校に奉職する。その後伊藤先生に請われて羽村疎開学園を担うのである。時代的背景を考えると高校教師というエリートコースから児童数20名ほどの日本水上学校の疎開学園を担うのである。伊藤先生と林先生のキリスト教信仰に立った親子以上に強い絆なくしては在り得ない事である。
 今資料を整理していて神様の御業を見る思いである。その後学校は、横浜大空襲で焼け終戦を迎える。1946年12月1日校舎の焼け跡で復興再建と林先生出発の祈祷がなされ台湾へ帰国される。
 (2010年夏98歳で天に召さる。)

〔林 新村 先生の記録〕

奇しき主の恵みと導き  AMAZING GRACE AND WONDERFUL GUIDANCE
信仰の見証し集 - 日文版 林 新村  2005年秋

あとがき

2001年にこの拙き小冊子が出版されて以来、多くの諸兄姉のご愛読に与って、望外の喜びと感謝しています。
 この再版を企画するに当たって、済南教会の張明徳執事には大変お世話様になりました。
 若干の訂正をしたいので技術上の問題に就いて張執事にご相談したところ、彼は「文字の太さや字型等どうしてもずれがあるので美観を損ねる。内容は云うまでもなく、外観も重要だから、寧ろ新規にタイプを打ち直した方がよい。」と助言なさいました。のみならず、彼は労苦をも顧みず、自ら進んで快くこの重荷を引き受けて下さいました。
 誠に主に在る愛と奉仕の精神の発露であると、心打たれ、感謝の至りに堪えません。
 又玉蘭荘の李羅梅妹さんには、ご親切に校正の労を煩わしました。
 お陰さまで心がこもって、すっきりした再版の小冊子が誕生しました。主の御用に役立てば幸甚の至りです。
 茲に特筆して、お二人のご好意とお骨折りに対し、深甚の感謝を表したいと存じます。
                                                                                                                                    林 新村 2005.8.1

アルバム 林先生から送って戴いた、日本水上学校関係の写真
2007年5月に、林先生よりお手紙を頂き、写真や等を交換しました。日本水上学校時代の記録が少ない中、林先生との出会いにより多くの文献が命を吹き返しました。また、林先生を通して創立者の人格に触れられたことも大きな恵みでした。  (校長 松井 務)

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Revised: 2016/03/02.